ぽてあやとうさん見聞録 vol.003

『黒人霊歌は生きている(ウェルズ恵子)』を読んで
正直に言うと、構成のせいか多少読みづらい本でした。参考になることも多いのですが、読み終えてすぐに「ここが印象に残った」、というところが思い起こしづらいのです。
しかし、筆者も言うように日本ではどうしてもやや感傷的に捉えられがちな古い甘美なゴスペルソングも、元のもとをただせば私などの想像がはるかに及ばない壮絶な環境の中から生まれてきたのだ、ということだけは改めて認識させられました。
以下、私なりに印象に残ったところを再構成してみました。自分のメモ用なので非常な長文です。それでも原書よりは短いですが。
【概要】
黒人霊歌は本来、黒人が自分達のためだけに歌うものであった。しかし、多数の白人が興味を示したために聴き手の好みに応じて変化してきた。
筆者は本書で、元々の黒人霊歌とはどんなものであったかを探ると共に、時代の要請に応じて姿を変えてきた黒人霊歌の変遷をたどっている。
広く知られている黒人霊歌は「スウィング・ロー・スウィング・チャリオット」のように、心を慰める甘美なものや、清らかでひた向きで敬虔なものである。しかし隷属状態の人々の歌の中には本来、憎悪や恐怖といった感情が言葉の中に隠されていた。しかし、白人の聴衆に向けたステージ用の歌や教会の合唱団用の歌からは、それらの負の要素は除かれてしまっているのだという。
【初めの黒人霊歌】
初めの黒人霊歌は暗く、現実とのつながりに乏しく、とてもさびしく、麻痺した静けさがあり、望みは一つだけ。「早く死にたい」。罪深いので苦しい人生を送らねばならないのだと奴隷達は教え込まれていた。罪をあがなって死ぬときがくれば、天国へ行ってやっと楽になるのだと、それだけを唯一の希望として生きていた。
しかし死を望んでも死は恐ろしかった。死へのおびえは最後の審判に対する恐怖として現れる。そこには、罰せられて永遠に地獄へつなぎとめられるのではないかという、のっぴきならない恐れがある。罰と拷問による苦痛は、奴隷達の現実であったろう。
黒人霊歌の中では歌い手は誰も責めない。白人も責めないし自分も責めない。苦難を負っていると言っても、具体的にどんな悪いことが起きたか決して言わない。あきらめの言葉さえない。絶対的な抑圧の中ではそのような歌詞は恐ろしくて書けなかったのかもしれない。
彼らは白人のいない夜の世界で歌う。闇は奴隷達にとって安息の場であった。空に太陽が有る限り、彼らは炎天下で働かなければならなかった。黒人霊歌の歌い手たちは、闇に隠れてひたすら天国での救済を望み、恐怖に満ちた現実世界からの逃亡を願う、闇の向こうに天国を探すか、闇の中に墓を見るのである。
生と死の境には深い河が流れている。だから家族や仲間が死んでも別れを歌うのではなく、「いなくなった」と言う。そして、帰ってきてほしいとは言わずに「自分も行ってしまいたい」と言う。終わりのない休息のある「ホーム」をひたすら求めて、「もう帰るよ」「もうじき帰れる」「きっと帰れる」と歌うが、求めるホームの様子は歌には出てこないし「帰ってきたよ」という歌もない。
さて、黒人霊歌には際立った特徴が二つある。一つ目は、一まとまりのフレーズにイメージがひとつだけだということ。そして、最初のフレーズ次のフレーズのイメージの流れは説明できないことも多く、歌い手の関心のあり方によって飛躍したり断絶したり、元に戻ってきたりする。だから導入やまとめはない。それは音楽も同じで旋律、コーラス部(リフレイン)ともにしばしば他の曲のものが共用される。
二つ目は彼らの関心が「死」に集中しているということである。彼らの歌はある一定の型のもとに閉じている。それは、奴隷が極めて閉鎖された空間で生活していたこととも関連するし、彼らの精神の逃避場所は、この世からのイメージを遮断した「死の世界」でなければならなかったためだろう。
また、彼らの特徴的な行為として「シャウト」がある。シャウトの参加者は、叫ぶように歌いながら手拍子足拍子を打ちつつ輪状に動いていく。リーダーの呼びかけに、全員がリフレインになる歌の一節や「アーメン!」などを叫び返す「コール・アンド・レスポンス」を続けていく。「シャウト」や「コール・アンド・レスポンス」はアフリカの伝統を汲む黒人歌のスタイルである。
シャウトにおける動きは「踊り」とは区別され、足を交差させないことが踊りでないことのしるしだ。20世紀前半のブルース歌手たちが、十字路を「人間が悪魔と取引をする場所」と考えていたのにうかがえるように、十字の交差点は超自然の力を呼び出してしまう場所だと黒人達は信じていた。現在でもゴスペル歌手は左右の足を交差させないで歌うが、ブルース歌手は平気で足を組んで歌う。ゴスペルソングは神をうたう歌、ブルースは罪深い浮世の歌だからだ。
時には、現実を超越してしまった歓喜が恍惚と表現されることもある。こうした「神様の歌」を「悪魔の歌」と分けたのは、黒人も平等に人間なんだと訴えた北部の白人達であり、「黒人は信仰に厚い」という好印象を社会に与えるためであった。一方の「悪魔の歌」はやがてブルースに発展していく。
【教会用合唱曲への変化】
こうした「神様の歌」は合唱コンサート用に商業的に成り立つ作品として編曲されつつ変化していく。こうした変化を黒人霊歌の代表ともいえる歌、「流れよ、うねるヨルダン川よ」で比べてみる。
まず、より古いバージョンである。
My brudder sittin' on de tree of life.
An' he yearde when Jordan roll
Roll, Jordan, Roll, Jordan
O march de angel march de angel march;
O may soul arise in Heaven, Lord, For to yearde when Jordan roll.;
2.Little chil'en, learn to fear de Lord,
And let your days be long;
Roll, Jordan,....(以下、一番と同じ)
3.O, let no false nor spiteful word
Be found upon your tougue;
Roll, Jordan,....(以下、一番と同じ)
イメージに安定性がなく、初めに既に天国に行ってしまった兄が川の流れに耳を傾けているさまが歌われるのだが、その姿を想像していた歌い手の意識もいつの間にか天国のそばまで行ってしまい天使の行進を見ている。その歓喜の中で、「私の魂は天国によみがえる」と叫ぶ。そして二番と三番では天国に行くための教訓が歌われる。
次は合唱用に編曲された歌である。
Roll, Jordan, roll, roll, Jordan, roll,
I want to go to heaven when I die, To hear Jordan roll.
1.Oh, brothers, you ought t'have been there, Yes, my Lord!
A sitting in the Kingdom, To hear Jordan roll.
(以下、三行目で呼びかける相手だけが変化する)
2.Oh, preachers you ought t'have been there, Yes, my Lord!
3.Oh, sinners, you ought, Yes, my Lord! Yes, my Lord!
4.Oh, mourners, you ought, Yes, my Lord!
5.Oh, seekers, you ought, Yes, my Lord!
6.Oh, mothers, you ought, Yes, my Lord!
7.Oh, sisters, you ought, Yes, my Lord!
単純化され、呼びかける人を次々に代えていくだけとなっている。しかし、なじみのない黒人霊歌を聴衆に理解しやすくし、声の美しさを聞かせるためには適している。また、一方で呼びかけられる人を積み重ねることにより、あらゆる人が死んでしまったという歌い手の孤独が表現されている。
【合唱曲からゴスペルソング、ブルース、ポピュラー音楽へ】
黒人霊歌は奴隷時代の宗教集会や厳しい肉体労働の現場で生まれ育った民謡である。もとは聖歌と俗歌との区別がない。その中で宗教的な歌が教会用の合唱曲として取り上げられ、俗的な内容の歌がブルースとして発展した。
一方、ゴスペルソングは最初から聖歌として作詞作曲されている。黒人霊歌の伝統を汲むものもあるが、黒人霊歌から発展したというのは誤りである。民謡としての黒人霊歌作者および歌い手たちはおそらくみな文盲であったが、初期ゴスペルソングの作者らは白人の賛美歌にも通じた牧師か牧師の家族であった。
そしてトーマス・ドーシーらの黒人のための新たな音楽流通のしくみ作りへの活動を経て、今日のゴスペル音楽市場の発展につながっていく。
さて、以下に最初のゴスペルソングといわれるチャールズ・アルバート・ティンドレイの「スタンド・バイ・ミー」とよりポピュラー音楽に近づいたベン・E・キングのそれを対比してみる。
初めにチャールズ・ティンドレイ版である。
When the storms of life are raging, Stand by me; (stand by me;)
When the storms of life are raging, Stand by me; (stand by me;)
When the world is tossing me, Like a ship upon the sea,
Thou who rulest wind and water, Stand by me; (stand by me;)
In the midst of tribulation, Stand by me;
In the midst of tribulation, Stand by me;
When the hosuts of hell assail, And my strength begins to fail,
Thou who never lost a battle, Stand by me,
In the midst of faults and failures, Stand by me;
In the midst of faults and failures, Stand by me;
When I do the best I can, And my friends misunderstand,
Thou who knowest all about me, Stand by me,
In the midst of persecution, Stand by me;
In the midst of persecution, Stand by me;
When my foes in battle array, Undertake to stop my way,
Thou who saved Paul and Silas, Stand by me.
When I'm growing old and feeble, Stand by me; (by me;)
When I'm growing old and feeble, Stand by me; (by me;)
When my life become a burden, And I'm nearing chilly Jordan,
O thou "Lily of the Valley", Stand by me; (by me;)
聖書のイメージを使いながら、苦難や自らの至らなさ、迫害からの救いを神に求める。そして生の苦痛がクライマックスに達したとき、死による解放を思いイエスへの祈りで終る。
次にベン・E・キング版である。
When the night has come, And the land is dark,
And the moon is the only light we see,
No, I won't be afraid, Oh, I won't be afraid,
Just as long as you stand, Stand by me, so,
Darling, darling, stand by me,
Oh stand by me,
Oh, stand, stand by me, stand by me.
If the sky that we look upon, Should tumble and fall
On the mountain, Should crunble to the sea,
I won't cry, I won't cry, No, I won't shed a tear,
Just as long as you stand, Stand by me......
この歌には絶望的な闇も悪魔もなく、空が崩れ落ち山が海に流れるときでさえ「泣かない、泣かない、涙を流したりしない」程度の悲嘆ですんでいる。また、"Stand by me"と呼びかける対象もイエスから恋人に替わっていて、祈りではなく人間同士の愛を絆とした助け合いや連帯がメッセージとなっている。これは黒人の生活の変化を反映したものであると同時に、彼らの歌の受け手が、アフリカ系アメリカ人に留まらず世界中に広がっていることの表れでもある。
ここで時代を少し遡るが、南北戦争で奴隷が解放されてから1970年代に差別法の撤廃が進むまで、アフリカ系アメリカ人は奴隷時代とは異なる種類の苦難に遭遇していた。19世紀末に起きた農業の工業化と不況に伴ない南部黒人は北部都市へと大移動したのだが、極度の貧困を経験することとなるのである。
彼らは安心できる家族や地域社会を失い、恐怖に満ちた不安定な世界に投げ込まれることとなった。こうした環境での絶望的な喪失感の表現は、黒人霊歌から「ブルース」へ受け継がれている。
【エピローグ】
いまや黒人霊歌は世界中に知れ渡っている。被害者でも加害者でもない立場の日本では、感傷的に黒人霊歌に刺激と癒しを求める。しかし、アメリカでは歌が暗い歴史を呼び起こしてしまう。アフリカ系アメリカ人の一部は自分達の祖先が奴隷であったことを思い出す。白人は深い罪の歴史に後ろめたさを感じ、黒人霊歌を賛美するか無視するのである。
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